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量子力学世界を「スケール分離」する~計算機シミュレーションの大幅な効率化に期待~【大学院理工学研究科 品岡寛 准教授 共同研究】

2023/4/27

概要

埼玉大学 大学院理工学研究科の品岡 寛 准教授、櫻井 理人 大学院生とウィーン工科大学のMarkus Wallerberger博士、Anna Kauch博士、理化学研究所 創発物性科学研究センター (CEMS)の村上 雄太 研究員、京都大学 大学院理学研究科の野垣 康介 大学院生、フリブール大学のPhilipp Werner教授らの研究チームは、量子力学世界を「スケール分離」する数学的手法を考案しました。これにより、量子力学に基づく計算機シミュレーションを大幅に効率化できます。

本研究成果は、2023年4月27日 午前10時(米国東部夏時間)に米国科学雑誌「Physical Review X」のオンライン版に掲載されます。

本研究は、JST さきがけ「スパースモデリングを用いた固体の革新的量子計算技術の開発」(課題番号:JPMJPR2012)、日本学術振興会 科学研究費(JP18H01158、JP21H01041、JP21H01003、JP23H03817、JP20K14412、JP21H05017 JP21J23007)、European Research Council(ERC) Consolidator Grant(724103)、Austrian Science Fund (FWF) (No. P32044、No. P36213)などの支援を受けて行われました。

研究成果の内容

量子物性物理学では、正確な解を得ることはしばしば不可能です。今回、品岡准教授らの研究チームは、特定のスケールにおいて解を導出できる量子力学計算の要素技術を開発することに成功しました。

物理学では、地球が太陽を周回するという宇宙スケールの運動に、動物園の象が左に進むのか右に進むのかという小さな運動は殆ど影響を与えません。また、象の動きは、耳の中の電子のさらに小さな振る舞いを詳細に知らなくても説明することができます。このように、世界は地球?象?電子といった異なる規模感(スケール)に分割して考えることができます。

量子力学にもとづく材料研究でも、適切なスケールで粒子の振る舞いを記述することが重要です。そのためには、まず問題がどのスケールに値するのかを調べる必要があります。しかし、これまでは経験的な手法による推測しかできませんでした。今回本研究グループは、数学的な方法を開発し、適切なスケールを計算できるようになりました。これは、マイクロチップから太陽電池に至るまで、様々な用途において、より良い材料を探索する上で重要な一歩です。

エキサイティングな問題は解くのが困難である

量子物性物理学では、固体中の電子を独立して扱うことは多くの場合できません。例えば磁性や超伝導などの現象は、多数の粒子とそれらの間の複雑な相互作用が一緒に記述された場合にのみ理解できます。しかし、多数の粒子が関与する場合、量子力学の公式は非常に大きく、複雑になり、世界でも最高のスーパーコンピューターでも正確に解くことはできません。また、粒子の状態を正確に記述するには、必要な記憶容量が利用可能なものを超えてしまいます。

したがって、ある種の近似を探す必要があります。これらの近似は、特定のスケールが無視できることに依存しています。「時に、特定のスケールを無視する分かりやすい物理的な理由を見つけることができます。」と論文の著者の一人であるMarkus Wallerberger博士は語ります。「例えば、結晶中の電子と原子核を考えてみましょう。電子は非常に軽く速く動くため、電子の動きを記述するために使用される時間スケールでは、原子核は不動と見なせます。」

この場合、複雑な問題を2つの単純な問題に分割することができます。つまり、電子の高速な動き、原子の遅い動きをまず独立に扱い、その後に、2つの間の関係を考えることで、問題を簡単にできます。

大きなスケールから小さなスケールへ。左はスケールを測る物差し。
数学的道具Quantics tensor trainは異なるスケール間の関係を精密に記述する。

コンピューターが「スケール分離」を自動的に探し出す

しかし、このような直感的な解決策が見つからない場合、どうすればよいでしょうか?今まで、頼れるのは人間の経験に基づく「推測」しかありませんでした。今回本研究では、経験に頼らない数学的な方法を開発しました。「私たちの成果では、量子力学による完全な記述を異なるスケールに分離する方法を示しています。」と、埼玉大学の品岡寛准教授は語ります。「つまり、どのスケールが重要でどのスケールが無視できるか、quantics tensor trainという数学の道具を使うことで、自動的に分かります。同時に、異なるスケールの現象間の関係をどうやって量子力学的に扱うかも分かるのです。」

この方法を使うことで、計算が困難な量子力学の問題を比較的扱いやすい小さな問題に分割し、必要な記憶容量や計算時間を大幅に削減することが可能になります。「私たちは、電気伝導度、反射率、あるいは材料の磁場に対する反応など、材料の重要な特性を正確に記述するために、この方法を使用することができます」と、ウィーン工科大学のAnna Kauch博士は述べます。

現代の多くの分野において、量子力学に基づく材料研究は不可欠です。太陽光発電システムやエネルギー貯蔵、エネルギー効率の高いマイクロチップのより良い材料など、これらの全ての応用において、材料の特性を理解しより、良い材料を開発するには、電子の振る舞いを量子力学に基づいて解明する必要があります。新しい方法は、これらの全ての応用にとって、重要な新しいツールになるでしょう。また、この新しい方法は、将来的に、量子コンピューターや人工知能を材料研究に活用するための手段にもなるかもしれません。研究チームは、新しい手法をより現実的な問題に適用し、効率?信頼性を調査する予定です。

論文情報

雑誌名 Physical Review X
論文タイトル Multiscale Space-Time Ansatz for Correlation Functions of Quantum Systems Based on Quantics Tensor Trains
著 者 Hiroshi Shinaoka, Markus Wallerberger, Yuta Murakami, Kosuke Nogaki, Rihito Sakurai, Philipp Werner and Anna Kauch
DOI 10.1103/PhysRevX.13.021015
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