トンネル効果を示す層状半導体の接合構造を実現 ?将来の低消費電力トランジスタ応用に期待? (大学院理工学研究科 Lim Hong En助教、上野啓司教授 共同研究)
2023/4/21
東京都立大学 理学研究科物理学専攻の小倉宏斗(当時大学院生)、川崎盛矢(当時学部生)、遠藤尚彦(研究員)、中西勇介助教、柳和宏教授、宮田耕充准教授、産業技術総合研究所 材料?化学領域 極限機能材料研究部門の劉崢上級主任研究員、デバイス技術研究部門の入沢寿史研究グループ付、筑波大学 数理物理系の丸山実那助教、高燕林助教、岡田晋教授、埼玉大学 大学院理工学研究科物質科学部門?理学部基礎化学科のLim Hong En助教、上野啓司教授、東京大学 大学院工学系研究科マテリアル工学専攻の長汐晃輔教授らの研究チームは、次世代の半導体材料として注目されている遷移金属ダイカルコゲナイド(注1)(TMDC)の多層結晶において、異なる二種類のTMDCが同一の面内で接合した構造の作製に成功しました。この多層構造を利用することで高濃度に電子もしくはホールを含むTMDCの接合が可能になります。さらに、この接合界面において、電子のトンネル効果(注2)に起因した電流(トンネル電流)が流れている特徴を観測しました。今後、合成技術の更なる高度化やデバイス構造の最適化により、従来の電子デバイスの限界を超える低消費電力デバイスの応用研究が進展することが期待されます。
本研究成果は、2月27日(米国東部時間)付けでアメリカ化学会が発行する英文誌『ACS Nano』にて発表されました。
本研究の一部は、日本学術振興会 科学研究費補助金「JP20H02605, JP21H05232, JP21H05233, JP21H05234, JP21H05237, JP22H00280, JP22H04957, JP22H05469, JP22J14738, JP21K14484, JP20K22323, JP20H00316, JP20H02080, JP20K05253, JP20H05664, JP18H01822, JP21K04826, JP22H05445, and JP21K14498」、国立研究開発法人 科学技術振興機構CREST「JPMJCR16F3」および創発的研究支援事業FOREST「JPMJFR213X」の支援を受けて行われました。
1.ポイント
?異なる組成の遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDC)多層結晶の接合構造の作製に成功。
?高濃度に電子もしくはホールを含む多層TMDC結晶の接合において界面でのトンネル電流を観測。
?層状半導体TMDCを利用した次世代の低消費電力デバイスへの応用に期待。
2.研究の背景
近年、新たな情報技術の発展は著しく、人々の生活に必要不可欠なものとなっています。一方で、情報処理に必要なエネルギーも増加しており、低消費電力な電子デバイスの実現は重要な課題となっています。このような電子デバイスとして、固体中のトンネル電流を利用した電界効果トランジスタ(FET) (注3)が注目を集めています。この電子デバイスはトンネルFET(以下、TFET)とも呼ばれ、従来のFETの限界を超える低電圧で電流をスイッチングできることが実証されてきました。現在まで、より高性能かつ集積可能なTFETを実現するために、最適な半導体材料の組み合わせやデバイス構造の探索に関する研究が世界中で行われています。
このような状況の中、層状構造を持つ半導体である、遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDC)は、TFET応用に適した材料として多くの研究が報告されてきました。TFETでは、電流の担い手(キャリア)となる電子およびホールを高濃度に含む半導体の両方が必要とされ、それらが接合した構造を利用します。この要求に対し、TMDCは組成や層数に応じて電気的性質を制御可能であり、異なる組成のTMDCの結晶を張り合わせて重ねる、もしくは同一の面内で接合できるという利点を持ちます。これまで、TMDCを利用したTFETは、主に異なる組成のTMDCを重ねた構造を中心に研究が行われていました。TMDCを重ねた構造は作製が比較的容易であり、様々な組成や層数のTMDCを探索しやすい点が挙げられます。一方、同一面内で接合した構造は、高い性能が理論的には予測されていますが、実験的にはほとんど研究が進んでいませんでした。この理由は、面内接合の先行研究で使用されてきたTMDCにおいて、電子やホールの濃度を十分に高くできないことに起因します。TFETには高濃度に電子やホールを含む半導体の接合(PN接合)が必要となりますが、そのようなTMDCの面内接合は実現されていませんでした。
この課題を解決するために、本研究では、ニオブ(Nb)原子を不純物として含む二硫化モリブデン(MoS2)の多層結晶(以下NbxMo1-xS2)で面内接合を実現することに着目しました。この結晶はホールを高濃度で含むことが知られていますが、面内接合には利用されていませんでした。本研究チームの宮田准教授らは、2015年に単層TMDC接合界面の電子状態の可視化(https://www.tmu.ac.jp/news/topics/11747.html)、2019年に様々な組成の単層TMDCを接合する合成技術の開発(https://www.tmu.ac.jp/news/topics/22135.html)、そして2022年に単層TMDCの面内接合を利用した発光デバイスの作製(https://www.tmu.ac.jp/news/topics/34874.html)などの研究を通じてTMDCの結晶成長や接合に関する基盤技術を開発してきました。今回の研究では、これらの蓄積を活用し、化学気相成長を利用した多層TMDCの面内接合の作製、そしてトンネル電流の観測に取り組みました。
3.研究の詳細
本研究では、多層TMDC結晶の接合構造を対象に、試料作製手法の検討、接合部近傍の原子配列の評価、および電子輸送特性の評価を行いました。試料作製に関しては、まず粘着テープを用いてTMDC結晶をへき開し、その後シリコン基板上に多層のフレーク状結晶を張り付けます。張り付けた多層TMDCとして、界面の構造観察用に二セレン化タングステン(WSe2)、そして電子輸送特性の評価用にNbxMo1-xS2の二種類を用いました。この基板を利用し、化学気相成長(注4)によりMoS2結晶を成長させました。具体的には、窒素を充填した石英管内に基板、硫黄とモリブデンの固体原料を置き、それらを電気炉で加熱することで原料の供給と結晶成長を行います。この成長条件を最適化することで、最初に張り付けた多層TMDCの結晶の端からMoS2を成長させることに成功しました(図1a)。作製した試料は、ラマン散乱分光やフォトルミネッセンス分光、原子間力顕微鏡、および電子顕微鏡を用いて構造を評価しました。特に、試料断面の電子顕微鏡観察からは、多層WSe2の端から同じ結晶方位を持つMoS2が接合している様子が明瞭に確認されました(図1b)。これは、化学気相成長を利用することで、多層WSe2の端にMoもしくはS原子が結合し、MoS2の成長が可能であることを意味します。
次に、多層NbxMo1-xS2/MoS2接合構造を利用し、電子輸送特性の評価を行いました。多層NbxMo1-xS2を利用した場合でも、WSe2と同様に結晶端からのMoS2の成長が確認されました。続いて、トンネル電流の検証のためにシリコン基板上の試料のNbxMo1-xS2とMoS2に電極を付け、接合界面を流れる電流の影響を調べました。ここで、NbxMo1-xS2は高濃度にホールを含むp型半導体、MoS2は高濃度に電子を含むn型半導体としての役割を持ちます。MoS2については、シリコン基板表面のSiO2酸化膜を介して電圧(ゲート電圧と呼ばれる)を印加することで、電子濃度を増加させています。このゲート電圧印加前後の、NbxMo1-xS2とMoS2の電子のエネルギーの相対関係を図示したのが図1dです。重要な点として、NbxMo1-xS2の価電子帯とMoS2の伝導帯は、バンドギャップと呼ばれる電子が存在できない領域を挟んで同程度のエネルギーを持ちます。このとき、NbxMo1-xS2とMoS2に電圧を印加することで、トンネル電流が流れることが期待されます。実際に、トンネル電流の寄与が大きくなる50K以下の低温において、負性微分抵抗(注5)の傾向 (NDR trend) を持つ電流-電圧特性が得られました(図1e)。この特徴は、界面においてトンネル電流が流れている証拠の1つであり、関連するTFETの先行研究でも同様の特性が観測されていました。また、この結果は、実際に図1dで示すような電子のエネルギーの相対関係が実現していることを意味し、第一原理計算による理論予測からも支持されました。一方で、このNDR trend型の電流-電圧特性からは、バンド間トンネル以外の欠陥等による影響も電流に寄与していることが示唆されます。今後、さらなる界面の結晶構造や電子状態の理解や制御を通じて、効率よくトンネル電流のみを流すような材料の実現が必要になるといえます。
図1 (a)多層WSe2および化学気相成長によりWSe2結晶の端から多層のMoS2結晶を成長させた構造のモデル図。(b)多層WSe2/MoS2接合近傍における断面の走査透過電子顕微鏡像。明るいコントラストを持つ左側がWSe2、暗いコントラストを持つ右側がMoS2に対応する。多層NbxMo1-xS2/MoS2接合における(c)作製したFETの模式図、および(d)電子が取りうることが可能なエネルギー(伝導帯端と価電子帯端)の相対関係を示す図。EFは電子のフェルミ準位を示す。左と右は、ゲート電圧の印可がない場合とある場合にそれぞれ相当する。(e)異なるゲート電圧を印加したときの多層NbxMo1-xS2/MoS2接合の電流?電圧特性。測定温度は15K。
※原論文「Multilayer In-Plane Heterostructures Based on Transition Metal Dichalcogenides for Advanced Electronics」の図を引用?改変したものを使用しています。
4.研究の意義と波及効果
本研究の意義は、次世代の半導体材料として期待されているTMDCにおいて、多層結晶を利用した新たな接合構造を作製し、その接合界面におけるトンネル電流を観測した点にあります。特に、異なるTMDCが同一の面内で接合した構造において、トンネル電流が流れている証拠を実験的に検証しました。これは、低消費電力TFET応用に向けた新たなデバイス構造の提案や、性能改善に向けた重要な指針となります。本研究の接合構造は化学気相成長によって作製でき、従来の研究で一般的に利用されていた、張り合わせで作られた積層型の接合構造とは作製方法が大きく異なります。化学気相成長は大面積の基板上での成膜にもよく利用されており、将来的な産業応用にも有用な手法といえます。
発光素子などの光?電子デバイスの高性能化に関しても半導体材料の接合技術の開発は必要不可欠であり、TMDCを利用した様々なデバイス応用に関する波及効果が期待されます。また、異なる結晶が接合された界面はTMDC以外の様々な物質で長く基礎研究が行われており、通常の結晶内部では見られない多くの物理現象が発見されてきました。今回の多層TMDCの接合構造は、新たな機能や物性を探索する新たな候補材料としての展開も期待されます。
【用語解説】
(注1)遷移金属ダイカルコゲナイド(Transition Metal Dichalcogenide, TMDC)
タングステン(W)やモリブデン(Mo)などの遷移金属原子と、硫黄(S)やセレン(Se)などのカルコゲン原子からなる層状物質。組成は遷移金属とカルコゲン原子が1:2の割合で含まれ、MX2と表される。ここでMは遷移金属(Mo, W, Nb, 他)、Xはカルコゲン原子(X=S, Se, Te)に対応する。遷移金属とカルコゲン原子は互いに共有結合で結びつき、単層のTMDCは3原子厚のシート状構造となる。この単層のシートが多数重なることで図1のような多層構造となる。
(注2)トンネル効果
古典力学的には通過できないポテンシャルエネルギーの障壁を、電子などの小さな粒子が透過する現象。
(注3)電界効果トランジスタ
電界を利用して、半導体中を流れる電流を制御するタイプのトランジスタ。半導体の両端に接続するソース電極とドレイン電極、半導体に絶縁膜を介して形成するゲート電極、の3つの電極を持つ。ゲート電極に電圧を印可することで、ソース?ドレイン電極間を流れる電流を制御する。
(注4)化学気相成長法
原料となる物質を気化させて基板上などに供給し、化学反応を通じて薄膜や結晶を成長させる技術。
(注5)負性微分抵抗
電圧を増加させたときに流れる電流の値が減少する現象。本研究では、電流の増加率がある電圧で減少する特徴として、負性微分抵抗に由来する傾向が観察された。
【発表論文】
<論文タイトル>
Multilayer In-Plane Heterostructures Based on Transition Metal Dichalcogenides for Advanced Electronics
<著者名>
Hiroto Ogura,¶ Seiya Kawasaki,¶ Zheng Liu, Takahiko Endo, Mina Maruyama, Yanlin Gao, Yusuke Nakanishi, Hong En Lim, Kazuhiro Yanagi, Toshifumi Irisawa, Keiji Ueno, Susumu Okada, Kosuke Nagashio, and Yasumitsu Miyata*(¶equal contribution, *Corresponding author)
<雑誌名>
ACS Nano(2023)
<DOI>
https://doi.org/10.1021/acsnano.2c11927