植物のアンモニウム毒性の原因を解明 ~将来の高CO?環境に適した作物の開発に期待~(大学院理工学研究科 川合真紀教授?宮城敦子助教 共同研究)
2021/8/24
老虎机游戏東海国立大学機構 名古屋大学高等研究院/大学院生命農学研究科の蜂谷 卓士 YLC 助教(現:島根大学助教)、大学院生命農学研究科の榊原 均 教授、木羽 隆敏 准教授、杉浦 大輔 助教らの研究グループは、島根大学の中川 強 教授、フランスの共同研究ユニットBiochemistry & Plant Molecular Physiology (B&PMP)のゴジョン?アラン リサーチディレクター、埼玉大学の川合 真紀 教授、宮城 敦子 助教、理化学研究所環境資源科学研究センターの豊岡 公徳 上級技師らとの共同研究により、高濃度のアンモニウム塩の施肥による植物の生育阻害(アンモニウム毒性)が、プラスチド注1)型のグルタミン合成酵素注2)による過剰なアンモニウムの同化注3)によって起こることを発見しました。
ほとんどの植物種は、硝酸塩とアンモニウム塩を根から吸収して窒素栄養源に利用します。しかし最近の研究から、大気CO?濃度の上昇にともなって植物による硝酸塩の利用効率が低下することがわかってきました。このため、将来の高CO?環境における窒素栄養源としてアンモニウム塩が注目されていますが、高濃度のアンモニウム塩の施肥はしばしば植物の生育阻害を招きます。この現象は「アンモニウム毒性」として古くから知られていましたが、原因は未解明でした。
本研究成果により、「アンモニウム毒性」の原因の一つが明らかになりました。高濃度のアンモニウム塩の施肥下でも健全に生育する作物(将来の高CO?環境で役立つ作物)の開発への応用が期待されます。
本研究成果は、2021年8月16日付英国科学誌「Nature Communications」オンライン版で公開されました。本研究は、科学研究費補助金?若手研究(B) [JP17K15237]、文部科学省研究大学強化促進事業、科学技術振興機構(JST)科学技術人材育成費補助事業「科学技術人材育成のコンソーシアムの構築事業:若手研究者スタートアッフ?研究費」、稲盛財団研究助成、アグロポリス財団(仏)研究助成、島根大学「若手教員に対する支援」の支援のもとで行われました。
ポイント
?高濃度のアンモニウム塩の施肥による植物の成長低下(アンモニウム毒性)が、プラスチド型グルタミン合成酵素(GS2)による過剰なアンモニウムの同化によって起こることを発見した。
?GS2による過剰なアンモニウム同化にともなう酸の蓄積が、アンモニウム毒性の原因の一つであることを明らかにした。
?将来の高CO?環境で役立つ好アンモニウム作物の開発への応用が期待される。
研究背景と内容
ほとんどの植物種は硝酸塩とアンモニウム塩を根から吸収して窒素栄養源に利用します。しかし、最近の研究から、大気CO?濃度の上昇にともなって植物による硝酸塩の利用効率が低下することがわかってきました。このため、将来の高CO?環境における窒素栄養源としてアンモニウム塩が注目されていますが、高濃度のアンモニウム塩の施肥はしばしば植物の生育阻害を招きます。この現象は「アンモニウム毒性」として古くから知られていましたが、原因は未解明でした。そこで本研究では、「アンモニウム毒性」に関与する遺伝子を見つけ、その遺伝子の役割を明らかにすることによって、毒性の原因解明を目指しました。
まず、数十万ものシロイヌナズナ注4)の形質転換注5)株の中から、高濃度のアンモニウム塩を含む栽培条件において、野生株よりも地上部の成長が促進された株(耐性株)を見つけ出しました(図1A)。特に顕著な成長促進を示した耐性株の原因遺伝子を探索したところ、プラスチド型グルタミン合成酵素(GS2)をコードする遺伝子の機能が欠損していました。このGS2の機能欠損株では、GS2の基質であるアンモニウムが高レベルに蓄積していました(図1B)。植物生理学の分野では、「組織?細胞へのアンモニウムの蓄積がアンモニウム毒性を引き起こすこと」が通説とされてきたため、アンモニウムを高濃度に蓄積する株がアンモニウム耐性を示すという結果は大きな驚きでした。
興味深いことに、細胞質型グルタミン合成酵素(GS1;2)の機能欠損株では、高濃度のアンモニウム塩を含む栽培条件における地上部の成長が、野生株と比べて低下することが知られていました。このことは、GS2とGS1;2がアンモニウム耐性に正反対の働きをもつことを意味します。これを説明する手がかりを得るために、両者のmRNA注6)の量を解析したところ、GS2のmRNA量が植物体の根よりも地上部で多いのに対して(図2A)、GS1;2のmRNA量は地上部よりも根で多いことがわかりました(図2B)。さらに、接ぎ木注7)技術を用いて、野生株の地上部または根を、GS2の機能欠損株あるいはGS1;2の機能欠損株で置き換えた植物を作成し、高濃度のアンモニウム塩を含む栽培条件で地上部の成長を解析しました。その結果、地上部がGS2機能欠損株の場合に成長が促進され(図3A)、根がGS1;2機能欠損株の場合に成長が低下しました(図3B)。以上の結果から、地上部のGS2によるアンモニウム同化が、地上部にアンモニウム毒性を引き起こすのに対して、根のGS1;2によるアンモニウム同化は、地上部へのアンモニウムの供給量を低下させることによって毒性を軽減する可能性が示唆されました。
次に、高濃度のアンモニウム塩を含む栽培条件において、地上部のGS2がアンモニウム同化およびアミノ酸の生合成に与える影響を解析するために、地上部のアミノ酸組成を分析しました。その結果、対照(硝酸塩)条件に比べて高濃度アンモニウム塩条件で栽培した野生株では、塩基性アミノ酸を中心にアミノ酸含量が大きく増加したのに対して、GS2の機能欠損株では増加の程度が小さくなりました。このことから、地上部のGS2が高濃度のアンモニウム条件におけるアミノ酸の蓄積に寄与することが実証されました。
最後に、地上部のGS2によるアンモニウム同化が毒性を引き起こすメカニズムを探るために、野生株とGS2機能欠損株のmRNAの量を網羅的に比較分析しました。その結果、対照条件に比べて高濃度アンモニウム塩条件で栽培した野生株では、「酸ストレスに応答して発現が誘導される遺伝子」のmRNAの量が大きく増加したのに対して、GS2の機能欠損株では増加の程度が小さくなりました(図4A)。そこで地上部の酸性度を測定したところ、対照条件に比べて高濃度アンモニウム塩条件で栽培した野生株では、酸性度が大きく増加したのに対して、GS2の機能欠損株では増加の程度が小さくなりました(図4B)。さらに、高濃度アンモニウム塩条件に、アルカリ性のアンモニア水を添加して植物を栽培したところ、地上部の酸性度が低下するとともにアンモニウム毒性の症状も劇的に緩和されました。以上の結果から、地上部のGS2によるアンモニウム同化にともなう酸の生成が、アンモニウム毒性の原因の一つであることが強く示唆されました。
図5 本研究の提唱するアンモニウム毒性のスキーム
成果の意義
植物生理学の分野では、「組織?細胞へのアンモニウムの蓄積がアンモニウム毒性を引き起こす」という仮説が広く受け入れられてきました。今回、我々は、明確なエビデンスに基づき、「GS2によるアンモニウムの過剰な同化がアンモニウム毒性を引き起こす」という新説を提唱することができました。今後、当該分野の国内外の研究が、本研究成果を中心に展開されるものと期待されます。
我々は、プラスチド型グルタミン合成酵素遺伝子以外にも、二重親和性硝酸イオン輸送体遺伝子といった、アンモニウム毒性に関与する遺伝子を複数同定しています。これらの知見を組み合わせることにより、高濃度のアンモニウム施肥下でも健全に生育する好アンモニウム作物の開発が期待されます。将来の高CO?環境では硝酸塩の利用効率が低下することから、好硝酸性作物の好アンモニウム化は未来志向型の育種だと考えられます。
用語説明
注1)プラスチド:
植物の細胞に見られる独自のDNAをもつ半自律的な細胞小器官。光合成などの同化や物質の貯蔵に関与する。
注2)グルタミン合成酵素:
グルタミン酸とアンモニアからグルタミンを合成する反応を触媒する酵素。窒素同化で主要な役割を果たす。シロイヌナズナには1つのプラスチド型酵素、5つの細胞質型酵素がある。
注3)同化:
エネルギーを用いて簡単な分子を複雑な分子に作り変える過程。
注4)シロイヌナズナ:
植物の分子遺伝学的研究に広く利用されているモデル植物。室内で容易に栽培できること、世代時間が短いこと、ゲノムサイズが小さくゲノム配列も解読されていること、形質転換が容易なこと、などの利点をもつ。
注5)形質転換:
外来遺伝子の導入により、生物の性質を変えること。
注6)mRNA:
遺伝子の塩基配列情報が写し取られた一本鎖のRNA。mRNAの量は遺伝子のはたらきの程度を評価する指標となる。
注7)接ぎ木:
2株の植物体を人為的に作った切断面でつなぎ合わせることによって1株の植物体とすること。本研究では胚軸部分でつなぎ合わせた。
論文情報
雑誌名:Nature Communications
論文タイトル:Excessive ammonium assimilation by plastidic glutamine synthetase causes ammonium toxicity in Arabidopsis thaliana
著者:Takushi Hachiya (元名古屋大学教員、責任著者), Jun Inaba, Mayumi Wakazaki, Mayuko Sato, Kiminori Toyooka, Atsuko Miyagi, Maki Kawai-Yamada, Daisuke Sugiura(名古屋大学教員), Tsuyoshi Nakagawa, Takatoshi Kiba(名古屋大学教員), Alain Gojon, Hitoshi Sakakibara(名古屋大学教員)
DOI: 10.1038/s41467-021-25238-7
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