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    (大学院理工学研究科 古川俊輔 助教 共同研究)

分子の表と裏を利用した強誘電体メモリの創製に成功~ナノレベル高密度メモリのための新分子デザイン~ (大学院理工学研究科 古川俊輔 助教 共同研究)

2021/2/4

1.ポイント

? 従来の記録密度の限界を突破する高密度メモリの実現には、分子レベルでデザインされた新物質の開発が鍵となる。
? メモリの担い手となる「お椀型分子」を開発し、それが強誘電体としてうるまうことを実証した。
? 本分子で見られたボウル反転現象は、不揮発性強誘電体メモリ(注1)への応用が期待され、従来のメモリ密度の数十倍を可能とする分子メモリ素子の開発に繋がる研究成果である。

2.概要

 入手が容易で毒性の少ない元素から構成される有機強誘電体は、次世代の高密度メモリへの応用の観点から注目を集めています。埼玉大学大学院理工学研究科の古川俊輔助教、斎藤雅一教授、東北大学の呉筧筠氏、芥川智行教授らの研究グループは、非平面型の湾曲したお椀型共役分子(注2)であるトリチアスマネン誘導体(注3)を用いて、固体状態におけるお椀型分子のボウル反転現象による双極子モーメントのスイッチングを利用した有機強誘電体を作製することに成功しました。お椀型分子は、分子の内側と外側(表と裏)の区別が可能であり、外部電場を印加することで分子の表裏が反転します。このようなナノレベルでの分子デザインを施すことで、分子に表裏を起源とする非対称性を付与することができ、新たな動作原理に基づく分子の双極子モーメントの反転を利用した分子メモリの創製に利用できることを実証しました。

本研究の成果は日本時間の2月3日(水)19時に、学術誌Nature Communicationsに掲載されました。

3.研究の背景

 有機材料は、化学的な手法による材料設計の自由度が高く、様々な分子形状を作り込めたり、その分子の集合様式を制御することで多彩な機能を引き出すことができます。電子素子に汎用的に使用される無機材料と比較して、有機材料の設計自由度の高さは魅力的です。この様な有機材料の特徴を利用する事で、SDGsに考慮した材料設計が可能となります。例えば、PZT(注4)などの無機強誘電体メモリ材料が、スマートカードなどの不揮発性メモリとして使用されていますが、有機材料を用いることで鉛などの有毒な重元素や希金属を含まない柔軟軽量で安価なメモリデバイスの作製が可能となります。また、メモリ開発において従来に無い動作原理を模索することは、小型で大容量の記憶素子を開発するうえで極めて重要で、スマートカードのサイズを劇的に小さくする技術になると期待できます。無機強誘電体の多くが原子変位型のスイッチングメカニズムによるのに対し、有機材料では分子間プロトン移動、分子間電荷移動や極性分子ローター(注5)などのユニークな動作原理による双極子モーメントの反転を化学的に設計する事ができます(図1左)。この様な有機強誘電体材料における新規な分極反転メカニズムの提案は、無機材料ではその実現が困難である分子サイズの強誘電体メモリや多重メモリデバイスの創製を視野に入れた重要な基礎研究です。

図1.有機分子が示す多様な分極反転メカニズム(左、中央)。トリチアスマネン誘導体のボウル反転と双極子モーメントの向きの反転(右)。

4.研究の内容

 今回の研究の一番のポイントは、「お椀の形がペコペコ反転できるユニークな分子」を用いた点にあります。本研究では分子のお椀の部分にπ共役骨格(注6)を用いました。一般に、π共役化合物は平面型の分子構造をもちます。一方、サッカーボール型分子フラーレンの部分骨格として知られる「スマネン」は、湾曲したお椀型構造を有し、お椀の内側と外側が区別可能な非対称性をもちます。このようなお椀型分子が「上向き」の状態と「下向き」をそれぞれ「0」、「1」とすればメモリとして機能しそうです。ところが、既存のお椀型分子では、お椀の骨格を反転させるのに必要なエネルギー(ボウル反転エネルギー)が大きいことが課題となっていました。外部エネルギーによってお椀が反転し、かつエネルギーを与えない状態ではその向きが保持される–––そんな理想的なお椀型分子が望まれていました。スマネン分子の一部の炭素原子を硫黄やセレンといったに原子に置換すると、お椀分子の深さ(湾曲率)を調節する事ができます。本研究では、3つの硫黄原子を導入したトリチアスマネン誘導体に着目し、お椀の深さをより浅くすることで、より小さな外部エネルギー(電場E)の印加により湾曲分子の表裏のボウル反転を固体状態で可能とすることに成功しました(図1右)。結晶中における分子配列と熱運動を制御するために6本のアルキル側鎖を導入した分子(CnSS)を合成し、その相転移挙動?分子配列様式?強誘電物性の評価を試みました。

 新たに合成した分子CnSSが、強誘電体としてふるまうことを実験的に見出しました。CnSSは昇温に伴い固相Ⅰから固相Ⅱへの相転移を示し、最後には融解します。温度可変粉末X線回折測定から、固相Ⅱでは側鎖が部分的に融解した柔粘性結晶(注7)に特徴的な分子集合体を形成することが明らかになりました。単結晶X線構造解析から、お椀分子が互いに重なった一次元カラム構造の形成が確認され、単位格子中には上向きのお椀カラムと下向きのお椀カラムが2:1の存在比率で分極構造として観測されました(図2左)。固相Ⅱでお椀カラムの積層方向に外部電場 E を印加すると、お椀分子の表裏のボウル反転が生じ、これに伴って結晶の分極方向が反転します。通常の常誘電体では、外部電場Eを切ると分極状態は消失しますが、強誘電体の場合、分極状態が保持されます。この様子は、電場-分極特性にヒステリシス曲線として現れました(図2右)。電界がE = 0 Vのところで残留分極値(+Prおよび−Pr)を発生させ、それぞれの安定状態を”1”と”0”とした不揮発性メモリの作製が可能となります。この不揮発性強誘電体メモリの性能を決定する物理パラメータは、Prの大きさと”0”と”1”をスイッチングするのに必要なエネルギーである抗電場(Eth)になります。CnSSでは、Pr = 0.7 μCcm–2とEth = 1.5 V μm–1となり、これらの値はお椀分子の双極子モーメントの大きさとその反転に必要な外部エネルギー量に対応しています。分子の表と裏を外部電場Eにより制御可能な分極反転メカニズムは、有機分子の設計自由度の高さがあって初めて実現できる性質であり、高密度な不揮発性分子メモリへの応用を可能とします。

図2.結晶中で上向きボウルカラム(A)と下向きボウルカラム(B)が共存したユニットセルの模式図。AとBが2:1の占有率で存在する事で分極した結晶構造になっている(左図)。100 Hzの周波数で測定した電場-分極ヒステリシスの温度依存性。353 K以上の温度域にある固相Ⅱでヒステリシスが観測可能となる(右図)。

5.今後の展望

 1ナノメートル以下のサイズを有し化学的な設計自由度の高い有機分子の特徴を最大限に利用することで、高密度な不揮発性強誘電体メモリが作製できます。湾曲したπ共役化合物の表と裏を利用することは、外部電場によりスイッチング可能なこれまでに例の無い強誘電体の分極構造の発生メカニズムです。これは、デバイス構造の界面分極制御の技術にも利用可能な重要な技術です。1つのお椀カラムの反転が1 bitの記憶に対応すると、今回のお椀型分子の集合体では、約12 Tb cm−2の分子メモリ素子の作製が可能となります。有機分子の場合、発光特性や導電性などのさらなる機能の付加が可能であるころから、多様な外場に段階的に応答可能な多重メモリ材料の創製にも期待がもてます。

6.原論文情報

タイトル Ferroelectric Columnar Assemblies from the Bowl-to-Bowl Inversion of Aromatic Cores
著者 Shunsuke Furukawa, Jianyun Wu, Masaya Koyama, Keisuke Hayashi, Norihisa Hoshino, Takashi Takeda, Yasutaka Suzuki, Jun Kawamata, Masaichi Saito, and Tomoyuki Akutagawa
掲載誌 Nature Communications
DOI 10.1038/s41467-021-21019-4 (オープンアクセスジャーナル)

7.用語解説

注1. 不揮発性強誘電体メモリ
電場-分極曲線にヒステリシスを示す強誘電体は、外部電場を切っても二種類の残留分極値(+Prと−Pr)を示す双安定状態を形成する。電源を切った時の記憶状態を”0”または”1”とし、それぞれを+Prと−Prに対応させることで不揮発性メモリとして利用できる。

注2. お椀型共役分子
炭素原子60個が結合したサッカーボール型分子として知られれるフラーレン(C60)は、炭素の6員環と5員環構造が互いに連結した球状p共役化合物である。6員環のみから構成される炭素化合物が平面型構造を形成するのに対し、5員環と6員環を含むスマネンやコラニュレンは、非平面型の湾曲したお椀型π電子系分子となることが知られている。

注3.トリチアスマネン誘導体
非平面型p共役化合物であるスマネンの3つのCH2基を硫黄原子に置換した誘導体。

注4. PZT
チタン酸ジルコン酸鉛(Lead Zirconate Titanate, PZT)は、三元系金属酸化物であるチタン酸鉛とジルコン酸鉛の混晶である。薄膜化が容易であり、多様な方向の極性軸を持たせることができることから強誘電体メモリ材料として利用されている。

注5.分子間プロトン移動、分子間電荷移動や極性分子ローター
プロトンドナーとアクセプター分子が形成する水素結合間のプロトン移動、電子ドナー分子とアクセプター分子間の電子移動、極性分子の回転運動は、固体中で双極子モーメントを反転させることができ、電場-分極曲線にヒステリシスを有する強誘電体材料の創製に利用できる。

注6.π共役骨格
グラファイトのような六角形の炭素連結系によく見られる電子の非局在化を伴った骨格。ベンゼンやナフタレンといった分子群もこの骨格様式をもち、一般には平面構造を有している。平面の炭素骨格の垂直方向に、p軌道が重なり合う形で電子を非局在化させる性質を持つ。分子発光、導電性、磁性といった有機化合物における物性発現に欠かせない骨格となっている。

注7.柔粘性結晶
三次元的な分子配列様式に結晶に特有な規則性が存在するが、熱による分子のランダムな回転運動が生じ、分子配向の規則性が失われた固体である。代表的な化合物として、四塩化炭素、アダマンタン、シクロヘキサン、フラーレンなどが挙げられる。

参考URL

古川 俊輔(フルカワ シュンスケ)|埼玉大学研究者総覧このリンクは別ウィンドウで開きます

斎藤 雅一(サイトウ マサイチ)|埼玉大学研究者総覧このリンクは別ウィンドウで開きます

東北大学多元物質科学研究所ウェブサイトこのリンクは別ウィンドウで開きます