電子のスピンが量子液体状態にある特異な金属の発見-結晶中で独立に振る舞う電荷とスピン-(理工学研究科 谷口 弘三准教授 共同研究)
2017/10/2
今回の成果のポイント
?量子力学的なゼロ点振動により電子のスピンの方位が定まらない「スピン液体」という特異な磁性を持つ金属状態を発見した。
?そこでは、もともと電子が持つ性質である電荷とスピンが、独立に振る舞うことが明らかになった。
?これまでに見られなかった電子状態が明らかになったため、今後、超伝導をはじめとするこの電子系が示す新奇な物性の探索が期待される。
概要
東京大学大学院工学系研究科の大池広志博士(学術支援専門職員(当時)/現 理化学研究所 創発物性科学研究センター 特別研究員)、鈴木悠司氏(大学院生(当時))、関靖秀氏(大学院生)、宮川和也助教、鹿野田一司教授と、埼玉大学大学院理工学研究科の谷口弘三准教授の研究チームは、三角形の結晶格子(三角格子)を持つ物質で、量子力学的なゼロ点振動により電子のスピンの方位が定まらない「スピン液体」という特異な磁性を持つ金属状態を発見しました。
結晶の格子点に一つずつ電子が止まったとき、物質は電気伝導性を示しません。このような物質の多くは、電子のスピンが互い違いに逆方向を向いた反強磁性絶縁体になります。しかし、三角形の結晶格子(三角格子)を持つ物質では、隣り合うスピンがすべて互い違いに並ぶことができません。このような状況では、極低温まで冷やしても量子力学的なゼロ点振動の効果でスピンが揺らぐ「スピン液体」と呼ばれる絶縁体状態が理論的に指摘され、実際に三角格子の物質において見出されています。スピン液体はこのような特殊な磁気的性質を持っているため、キャリアドープすると、通常の金属とは異なる特異な電気伝導が期待されていました。
本研究グループは、電子の数が格子点の数よりも11%少ない(11%のキャリアドープが実現している)と考えられる分子性結晶の電気抵抗率とスピン磁化率の測定を行いました。その結果、期待通りキャリアドープによって絶縁体が金属に変わることが確認されましたが、スピン磁化率の振る舞いはキャリアドープされる前のスピン液体の振る舞いとほとんど変わらないことを見出しました。一般に、絶縁体が金属に変わるときには、止まっていた電子が動き出すことから、電子という存在を特徴づける電荷とスピンの振る舞いはどちらも劇的に変わります。今回の実験結果は、スピンが液体状態にある特異な絶縁体にキャリアドープを行うと、スピンは特異な液体状態を保持したまま、電気伝導の獲得という電荷が担う性質の劇的な変化が起こる、すなわち電荷とスピンが分離して振る舞うことを示しています。そして、このような状況で実現している金属が通常とは異なる特異な金属であることが、電気伝導度の温度依存性から明らかにされました。
もともと電子が持っている電荷やスピンなどの性質が、物質中でバラバラに独立して振る舞う現象は、強い磁場下、電子の運動が一方向に限定された物質、物質の表面など特殊な状況で発見され、現代物理学の中心的なテーマへと発展しています。今回の三角格子物質におけるスピン液体金属の発見は、電子の集団運動の新たな側面を明らかにするものであり、今後の発展が期待されます。本研究は、2017年10月2日(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」(電子版)で公開されます。
詳しい研究内容について
電子のスピンが量子液体状態にある特異な金属の発見-結晶中で独立に振る舞う電荷とスピン-(プレスリリース)
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