2022/09/05
【教育学部】長い歴史の中で日本語の語彙がどのように変化していったのかを探る
教育学部 学校教育教員養成課程 言語文化専修 国語分野/池上研究室
2022/09/05
教育学部 学校教育教員養成課程 言語文化専修 国語分野/池上研究室
似たような言葉でも、古文と現代文で意味や使われ方が異なるケースがあることは、受験生の皆さんなら知っているかと思います。そのようなことが起こるのは、長い歴史の中で、人々が使う言葉が変化してきた結果に他なりません。教育学部の池上 尚 准教授の専門は、そのような言葉の変化の実態や傾向を明らかにする「語彙史」の研究。その成果を国語教育に活用すれば、古文嫌いの克服に役立つことが期待できるという研究の内容とはどんなものなのでしょうか?
日本語の歴史を扱う「日本語史」の中の1分野である「語彙史」を中心に研究を行っています。
語彙史とは、同じ日本語でも、古代語と現代語では用意されている語彙は異なりますが、現代に至るまでに、その変化――何をどう言語化し、それがどう移り変わってきたのかを考察する研究分野です。
例えば、古代語ではにおいに関する語彙は、単に「におう」?くさい?というシンプルな意味をもつ語彙しかありませんでした。それが現代語になると「嫌なにおいがする」とか「変なにおいがする」というように、感覚をより具体的に言語化しようとするようになりました。このような事実から、古代語から現代語へ変化する過程で、事象や感覚をはっきり分析的に伝えようとする傾向があることがうかがえるのです。
具体的には、文献や古代語の影響が色濃く残る方言などを資料として研究を行っていきます。さらにそのような資料の他、コーパスを利用することも――。コーパスは、様々な文献を集約したデータベースで、単なる文字列ではなく、品詞や話者など、多様な切り口で検索できる言語資源のこと。特に、研究では、私自身が構築に携わった国立国語研究所の『日本語歴史コーパス』を利用することがほとんどです。
長い歴史の中の語彙変化をとらえるには、膨大な資料を丁寧に読んでいくことが求められます。それ故、多大な時間と労力を要するのが、語彙史研究の特徴の1つ。だからなのか? 語彙史の専門家は数は少ないのが現状です。
とはいえ、言葉というのは、その言葉単体で変化するものではありません。似た意味の言葉と連動して動くもの。ですから1つの言葉だけではなく、語彙という言葉の総体で見ていくことはとても意義のあることだと考えられます。
研究に対する興味の源泉には「なぜ古文は読みにくいのだろうか? その理由や背景を明らかにしたい」という想いがあります。その想いをかなえるため、私たちが使っている現代語は何を目指した結果、そのようなカタチになったのかということを理解したいのです。
元々、高校時代は、高校の教員を目指していましたが、大学に進学する際、国語と日本史、どちらの教員になるか決めかねていたところ、日本語史という分野があることを知ったのが、この分野に進んだきっかけでした。
人々が使う言語の変化は、人を取り巻く文化や政治、社会と結びついているため、言語の変化を論じることで、古文も現代文も、日本史も研究対象にできると気づいたのです。
そして、日本語史を学ぶため、大学へ進学しましたが、気づいたらそのまま研究者になっていたという感じです。
たくさんの文献を読みながら、言語の歴史を探っていくのはまさに長い旅のよう。そんな旅の中で、探していた用例に出会えた瞬間には、やはり大きな喜びを感じます。そして、文献を読めば、読んだだけ、新たに調べたいと思う“研究の種”に出会えるので、興味が尽きることはありませんね。
さて、現在では、元々高校の教員になりたかったこと、そして教育学部で教鞭を執っていることもあり、語彙史の研究で得た知見や成果を国語教育に還元する取り組みも進めています。
例えば、『日本語歴史コーパス』は利用登録すれば誰でも利用できますが、これを教育現場で活用することで、教員が行う教材研究などを効率化することが考えられます。また、生徒たちと一緒にコーパスを使って語彙の分析を行ってもよいでしょう。
研究者の数が限られている語彙史は、どちらかというと閉じられた研究分野でした。そこで、今後は文法史など、他の研究分野と連携するような活動を行っていきたいですね。結果、語彙史の研究成果が教育現場で活用されるようになれば、生徒たちの古典に対する苦手意識の払拭などにつながるのではないかと考えています。