2021/09/02
【理学部】渡り鳥が迷わず旅できる不思議を理化学の視点から解き明かす
理学部 基礎化学科/前田研究室
2021/09/02
理学部 基礎化学科/前田研究室
今回は、理学部基礎化学科 前田公憲准教授の研究室をご紹介。分子の光化学反応に対する磁場効果や電子スピン共鳴などに関する理論と実験をテーマとしたこちらの研究が、渡り鳥の謎を解き明かすヒントになる理由を説明してもらいました。
毎年決まった季節になると、日本にも海をこえて渡り鳥がやってきます。しかし、彼らはどうやって、迷うことなく同じ場所に降り立つことができるのでしょうか?
私の専門は、物質の構造や物性、反応などをを物理的な手法で探求する物理化学です。その中でも、分子に光を当てた際に起こる化学反応に、磁場がどう影響するのか――例えば、磁場をかけた時の化学反応のスピードの変化など――について研究しています。
そして、この研究が渡り鳥の習性の謎を解き明かすことにつながるのです。
渡り鳥の網膜の中には「クリプトクロム」というたんぱく質が存在しますが、この物質がコンパスの役割を果たすことは理論上説明することが可能です。これは、まさにたんぱく質に光を当てた際の化学反応と磁場の影響が関係しています。
しかし、このたんぱく質の働きがコンパスの役割を果たすには地球の磁場の影響を受けなければなりません。しかし、地球の磁場は非常に小さな磁気レベルで、そのメカニズムはこれまで明らかになっているものとは一線を画すと考えられます。
2008年に私が発表した論文では、地磁気レベルの小さな磁場でも分子の化学反応に影響が出ることは証明しているものの、それはあくまで人工的なシステム内で実現させたもの。渡り鳥の網膜内にある仕組みそのものを使っているわけではありません。そこで、現在、そのメカニズムの解明に注力しているのです。
とはいえ、私の研究室では渡り鳥を飼育したり、解剖するということはありません。
実験は研究対象となる物質に光を当てて化学反応を促しますが、その際に磁場や電磁波をかけるとどのような影響が出るのかを分析していきます。そして、先に紹介した「クリプトクロム」は、このような研究対象となる物質の1つに過ぎないのです。
さて、この研究は化学の視点から生物学にアプローチしている点でユニークだと考えられます。化学反応に対する磁場の影響には、電子スピンが関係していますが、恐らく生物学の分野では電子スピンは範疇外。そこで私のような、化学や量子物理学といった幅広い理論を用いた研究を行う研究者が貢献できる部分が大きいのです。
もちろん幅広い知見が必要になるからこそ、色々な分野の研究者とのコラボレーションは必要不可欠なのは言うまでもありません。
実際に、現在、埼玉大学理学部の生体制御学科の畠山 晋准教授と共同で研究を進めていますが、畠山研究室では私たち研究室学生を派遣して「クリプトクロム」の合成、精製を担当。今後、安定して生成できるようになれば、いよいよ私たちがそのために工夫を凝らした測定手法の出番。地磁気レベルの小さな磁場をかけた時の光反応や、ラジオ波などの電磁波の影響を分析していくのです。
いずれにせよこの研究では、化学、物理、生物と幅広い視点が求められます。そのような視点を持ちながら、自分の興味や関心にしたがって、研究にまい進していきたいと考えています。